昭和44年11月13日 十三日会
※途中から
信心してということは、「氏子神の言うことをよう聞いておかげを受けてくれよ」ということだと同じだと思うんですね、ですから本当におかげを受けたいなら、結局、神様の思いに沿う、神様の言うて下さることに、え~背かぬように、それを聞かせて頂くということだと、そこに神の助かりがあり、氏子の助かりがあるのですよね。
私は今日お取り次ぎの合間合間に、あの、豊美があちらにまいりましてから、初めて手紙を書きました、親の、切実な思いを、あの文章に現そうと思うけれども、なかなか、文章がへたですから、思うように書けておりませんけれども、まあ親が子に対する願いと言うか、その願いが成就されるということは、やはり神様の願いが成就することにも通ずるのであり、そこに子供の助かりがある、そこにまた親の助かりもあるわけでございますから、読んでみますからちょっと聞いてみて、頂きたいと思う、長い長い手紙を、、、
前略 一筆まいらせ候
今日は、神の願いが成就する日と合楽では申す日にて候
あなたが嫁がれて十日に相成り候
随分長い間のように思われ候て、家族中の者、あなたの噂いたしより候
毎日お礼回りやら、荷物のかたつけやらにてさぞかし忙しきことかと想像いたしより候
こちらもおばあさま、昨日よりお元気になられ、朝の御祈念にも参拝されるほどにおかげを頂かれて候
他の者は一同元気に暮らしおり候らえば、ご安心下されたく候
二・三日前より茶室に、ひやはいり、午前中の努めをおえて御広前を下がり、愛子と二人にて、茶を頂き、一時を過ごして、過ごさせて頂き、また一つの楽しみが加わり申し候
そちら様の事については、何かと心使われ候事と推察申しおり候
老婆心までに、一言申しおき候
吾郎保護様にはいよいよ心優しくお使いなさること、尽くしても尽くしても足りんのが真にて候
これで良いということはござなく候
その姿勢こそ必要にて候
またお母上様には、お勤めも終わりのことゆえ、家事一切の事、あなたの御用と思い、お母様をわずらわすようなことなきよう心掛けが大切にて候
威智雄様に対しては、言うに及ばぬことながら、お仕事がお仕事ゆえ、少しの心配事にても、させてはならんと思い心豊かに心やさし、嬉しく、御用が出来られるよう、影の祈り、後ろの働きこそ、大事にて候
細心の心配り願い上げ候
絶えず心掛けおかれ候事の中に、神の願いがこのような形にて成就されているという心にて、全てがその修行と心得、夢忘れては相成り、相成りまじく、しかと心に頂き候てこそ、良き嫁、良き妻とは、なれ、申し候
先日、五十枝のタンスの引き出しから、小さき、紙切れに、「お年寄りを大切に、体を、おしみをせぬように」と書いた物を発見いたし、母親として自身が身を持って行じてきたことを、嫁ぐ娘に持たしてやりたき母親の願いかと、思われ、胸の熱くなるを覚え申し候
なお今月二十八日には、お道にて、保証教会長懇談会に若先生が私の代理で参りますゆえ、よろしく詳しく話し、また聞き取り下されたく候
今日は先日よりの八ミリを、ご信者御一同に、公開映写されるとのよしにて、みんな楽しみにいたしおり候
まずは近況お知らせまでにて候
いついつながら威智雄様を始め皆様によろしくお伝え下さるよう頼みまいらせ候
いよいよ寒さに向かい候ゆえ、風邪なでひかぬよう、着ぬいありた、願い上げ候
まずは十さっ、十三日の良き日に、あらあらしたため申し候 合掌
これは、つたない文章ですけれども、私がいっぱいの豊美に対する親心なんですけれど、それを私聞いて守るというところにですね、豊美の助かりがあり、また親の安心があり親の助かりがあると思うんですよね、これは、神様においても同じこと、私共と神様との間においてもそう、どうぞ信心しておかげを受けてくれよと、どうぞあちらへ行っても幸せになってくれよと、これは親の願いであり、また神様の願いなんだ、どうぞ、お~、あちらへ行っても、これさえ守っておけば、ここさえ頂いていけばおかげになるということをいかに私が言葉を尽くして申しましても、それを本人が守らなかったら、つまらない話です。
私の、(?)に、五十枝は、家内は、子供にでも話をかけるということもなかなか出来ない人ですから、それでもやっぱり、その自分の一生懸命のものを書いて、おそらく豊美に持たせてやろうと思ったのでしょう、先日、タンスの引き出しを開けたら、二・三枚の紙に同じことを書いてから、まあよう出けたつからやろうと意味でしょうか、もう珍しく毛筆で、書いておりますことがです、ね、ここに書いておりますようにその、「お年寄りを大切に、体おしめをせぬように」と書いとります、ね、もうそれで、これは、これは家内は、家内としての自分が身を持って行じてきたことですし、それで自分がおかげを受けておることでございますから、そのことを一生懸命の思いで、書いたり、または言おうとしたりしておるわけですね、ね、ですから神様が私共に本当にこの言うて下さることは、そういう本当にあの親が子を思う切なる心を持って、どうぞ、とこう言うておって下さる、「信心しておかげを受けてくれよ」とこう言うて下さっておるのでございますから、ただ信心すると言うて、拝むとか参るというとこだけではなくて、その神様のその教えて下さることを本気で私共のものにしていこうという願いがなからなければいけんと思うですよね。
まあ今日、合間合間に書かせて頂いた、豊美に対する手紙を、聞いて頂いて、親の願い、神様の思いを、まあ悟って頂きたいと思うのでございます。
どうぞ。
入力者:誠輝